Astell&Kern×disk union presents Talkin’ Loud & Sayin’ Music

ハービー・ハンコック「アース・ビート」(『フューチャー・ショック』収録)

小野島:
まず選んでいただいたのはハービー・ハンコックが1983年にリリースした『フューチャー・ショック』です。「ロッキット」というヒップホップを取り入れた超有名曲が定番なんですけど、それじゃあんまりひねりがないので、違う曲をちょっとかけてみます。「アース・ビート」という曲なんですが、どうしてこの曲を選んだかというと、ちょっとYMOっぽいでしょ? まりんさんにはいいかなっていうそれだけの理由なんですけどね。これはまりんさんにとってどういうアルバムですか?
砂原:
ヒップホップっていう言葉をたぶん初めて聞いたのが、このアルバムあたりだったと思うんですけど。
小野島:
ちょうど中学生くらいですか?
砂原:
中学2年生です。14歳だったと思うんですよね。ライヴを見に行ったんですよ、当時。(客が)大人ばっかりでした。しかもジャズ好きの大人ばっかりで、この感じを全然理解できてない感じのお客さんばっかりで。
小野島:
世間一般的にもあまりヒップホップは認知されていない時期ですね。
砂原:
されていない。ジャズだと思って来ていましたね。お客さんは。
小野島:
これはどういうところが録音として良いのでしょう?
砂原:
どういうところがいいっていうのを口でいうのってけっこう難しいんですよね。好きな食べ物何ですか?
小野島:
好きな食べ物? かつ丼です。
砂原:
かつ丼のどこがいいんですか?
小野島:
かつ丼のやっぱり濃厚なところがいいんじゃないですかね?
砂原:
音がいい悪いっていうのもそれにちょっと近いところがあって、好みの問題というか個人の感性なので難しいんですけど、僕的にはイメージとして「音が立っている」というのと、あと楽器の一つひとつの音がちゃんと聴こえるということと、あと低中高域のバランスがいいっていうことですかね。
小野島:
それは分離がいいとかメリハリがあるとか、そういうことですか。
砂原:
そのメリハリっていうのはアレンジに左右されたりすると思うんですけど、この作品では楽器がぶつかってガーッて飽和しちゃうような場面があまりなくて、整理されているなっていう感じがしますね。
小野島:
ジャケットとか音も80年代っぽいんだけど、当時は最先端の作品でした。昔の方がレコーディングとか、贅沢な機材を使っていてお金をかけているから、昔の方がある意味音がいいんだっていうことをよく言われるじゃないですか。それは正しいんですか?
砂原:
時代によると思うんですよね。この時代はわりとアナログの技術は確立されていて、デジタルも普及し始めた時期。レコーディングの機材が良くて、安定していた時代じゃないですかね。逆に2000年くらいって、わりと音が悪い時代だなと僕は感じているんです。大きな商業スタジオからプライベートスタジオを作って、プロトゥールスとかそういう機材を使って自分たちでやり始めるタイミングではあったんですけれど、最初のコンピューターのデジタル録音はものすごく音が悪かったんですよね。
小野島:
それはマシンのスペックが影響しているってことですか?
砂原:
マシンのスペックも影響しているし、やっぱりまだ未開拓分野で、これからやっていくぞっていう感じだったからだと思います。
小野島:
砂原さん自身の2000年前後の制作状況はどうだったんですか?
砂原:
『LOVEBEAT』はコンピューターをテレコ代わりにして作った最初のアルバムだったんですけれど、当時は音に納得していなくて、デジタルで作ったものを一度アナログテープに録音して、音をなじませたものをマスターにしましたね。
小野島:
『LOVEBEAT』って、当時としては非常に音の良いレコードだと思いますよ。
砂原:
でも過渡期なんですよね、レコーダーも、スピーカーとかアンプも。だから、ひとつ前あたりの90年代の機材に最適化させるのがいいのか、それとも新しいデジタル寄りに最適化させるのかっていうのでちょっと迷いました。
小野島:
なるほどね。話がハービー・ハンコックからそれるんですけど、今アナログを一回通して音をなじませたっておっしゃいましたけど、その制作過程ってよく聞くんですよ。アナログを一回通すと音が違いますって。それはどういうことなんですかね。
砂原:
最近あまりないですけど、当時はデジタルの変な、尖った嫌な部分があったんです。アナログテープに録音すると何が起こるかっていうと、曖昧になるんですよね。例えばデジタルで波形をみたときにピーッてまっすぐなのが、アナログに録音するとギザギザになったりとか。そういう、全体的にあいまいな感じになるんです。
小野島:
まろやかになる。
砂原:
そうですね。そう言っていいと思います。あと、アナログのテープなので録音することでコンプレッションがかかるという効果もあります。
小野島:
今でもそういう過程を経ることはあるんですか?
砂原:
僕は自ら進んでアナログテープに録音しようとすることはほとんどないです。誰か提案すれば乗る時もあるし、乗らないときもある。
小野島:
では、今はアナログは使わない?
砂原:
使わないです。
小野島:
それはどうして?
砂原:
曖昧になるからです。
小野島:
曖昧なのがイヤなんですね。
砂原:
右っていったら右にバンって、100%行ってほしいんですよね。99%行って左に1%残っているとか、音楽に影響するのでそういう曖昧さがイヤなんです。あと、無音になったときに、本当にパッと無音になってほしいので。アナログテープだとずっとヒスノイズなどが入っていますから。人間的には曖昧なんですけどね、ずいぶん(笑)。
小野島:
そんな感じで、この83年のアルバムは80年代のアナログとデジタルの過渡期のころのレコーディングとしては最上級であると。
砂原:
そうですね。今聴いてもらったのは何年か前にリマスターされて出た音源なんですけど、当時聴いた時も音が良かったんですが、さらに良くなっていると思う。元のマスターのポテンシャルが高ければ高いほどリマスターした時も音がよくなりますので。
小野島:
これはアナログ盤とどっちがいいんですか?
砂原:
いや、CDのほうがいいでしょう。
小野島:
あ、そうなんですか。
砂原:
アナログがいいっていうのは、小野島さんがかつ丼が好きで、僕はおそばが好き、そういうような感じですよね。アナログは、1回目はいいんですよ。でも、10回くらい聴いたらもう音が変わってくるじゃないですか。
小野島:
ああ、針で削れて盤質が変わるから。それはあるかもしれませんね。ところで有名な都市伝説として、まりんさんは買ったCD全部自分でリマスターしているっていう話があるじゃないですか。あれは本当なんですか?
砂原:
本当です。
小野島:
やっぱり本当なんだ(笑)。
砂原:
全然本当です。いつからやり始めたのかなって調べてみたんですよ。いつから自分のファイルが、音圧が上がってバランスが取れた感じになったかって。2002年からずっとそればっかり1日5枚くらいやっていますね。
小野島:
そういえば、何年か前にクラフトワークのリマスターが出たときに不満を口にしていましたね。
砂原:
めちゃくちゃ、ありましたよ!
小野島:
どこが不満なの? って聞いたら、論より証拠ですって、いきなり大量のファイルを送られてきて、それがまりんリマスターのクラフトワークのデータだった。あれはビビりましたね(笑)。
砂原:
絶対そっちのほうがいいと思いますけどね。リマスターするときもドイツ盤イギリス盤アメリカ盤全部並べて聴き比べてどれを、ソースに使うのがいいのかっていうのをちゃんと選定してやりますから。
小野島:
今聴いたハービー・ハンコックは、まりんリマスターなんですか?
砂原:
これは、違いました。自分でリマスターした音源もあったんですけど、今聴いたリマスター盤を買ったら、自分のよりこっちのほうが良かったので、自分のは消したみたいですね。
小野島:
消したんですか。そこは素直に自分よりも音がいいって。
砂原:
よければ消します。ただダメな時もあります。
小野島:
じゃあ例えば最近のダメな具体例で言うと何かありますか?
砂原:
ひどかったのは、2002年くらいなんですけど、ZTTレーベルのプロパガンダのデビュー作。アメリカの中途半端な会社がやったリマスターで、もう全然ダメでしたね。歪んじゃってるんです。
小野島:
ちょっと今度まりんコレクションをぜひ聴きたいですけど!
砂原:
じゃあ来ますか、うち(笑)?

ROVO「TANGER」(『RAVO』収録)

小野島:
次はROVOの1曲目を聴きましょう。これは2010年のアルバムですね。ROVOを挙げてきたっていうのがすごく意外だったんですけど。
砂原:
ここ数作はROVOのキーボード弾いている益子(樹)さんにミックスしてもらっているので。
小野島:
これはいわゆるバンド・レコーディングということで、人力の演奏なんですけど、録音的に言うとどんなところが?
砂原:
益子さんは僕の先生みたいなところもあるんです。さっきのハービー・ハンコックは割と打ち込みが多かったんですけど、これはほとんど生で、マイクの録音で、さっきのハービー・ハンコックと比べると音数も多い、楽器が多いんですよね。音数も多いながらも、うまくまとめているなって思ってこれを選びました。
小野島:
たぶんこれって、スタジオ一発録りに近いですよね。
砂原:
一発録りに近いと思います。
小野島:
ROVOはインディーズなので、メジャーみたいに潤沢な資金で大きなスタジオを何か月もロックアウトするとか、そんなことはできない。非常に技術が高い人たちだから、おそらくほとんど一発録りに近い形で短時間でレコーディングをして、あとで益子さんが入念なミックスをやっているんじゃないかと思いますが、益子さんのミックスとかレコーディングのテクニックで何か特徴的なところは何ですか?
砂原:
音が良いなっていつも思うんですけど。最初に彼に会ったのは、2000年代かな? スーパーカーのレコーディング(『HIGHVISION』2002年。砂原のプロデュース)で最初に会って。益子さんは自分から、僕にやらせてくださいって立候補してくれたんですよね。で、アルバムを通してひとりのエンジニアでやったほうが、秩序がちゃんとできて聴きやすくなるっていう話をしていてたんですけど、実際にそういうことを言ってくる人があまりいなかったから新鮮で。僕が逆の立場でも、エンジニアはひとりにしたほうがいいって言ったかもなって思いました。そういうことをちゃんと言ってくれるのがいいなというのがひとつ。あとはデジタルを追求していけばアナログ時代に得られていた満足感のほとんどは得られることになる、っていう風に彼が言っていたんです。その考え方は僕も一致しているところなので、お願いしました。
小野島:
アナログレコーダーとか別に使う必要はないと。
砂原:
いらない。もう古い彼女のことは知らないっていう。たまに昔の彼女に電話するような、そういう感じもない。
小野島:
ちょっと懐かしくなって電話するけどやっぱり、しょせんは昔の彼女だと。
砂原:
うん。でも、みんなわりとそういうことするんですよ。アナログ戻ってみようかなみたいなね。
小野島:
所詮はノスタルジーであると。
砂原:
すべてがノスタルジーとは言わないですけどね。でもデジタルを追求していけば満足する音が得られるようになるって考え方は僕も一緒で。そういう風に言う人がいなかったんですよ、あんまり。元カノに電話しちゃうエンジニアの方が多くて(笑)。そういうスパッとした人は見たことがなかったんです。
小野島:
前にROVOのライヴの帰りに益子さんといろいろ話したことがあるんですけど、ROVOってこういう音楽だから、5.1chのサラウンドにすると、宇宙的ですごくよさそうですがやらないんですか? っていう話をしたんだけど、その時にすごく論理的にこれこれこうだからROVOではやらないんだよって言ってくれて、すごいなって感心したんだけど、打ち上げの帰りですごく酔っぱらっていたので、何を言われたのか全然覚えていないっていうね(笑)。

細野晴臣「龍宮神曲」(『細野晴臣アーカイヴス Vol.1』収録)

小野島:
3曲目は細野晴臣さんを選んでいただきました。数ある細野さんの作品の中でもちょっと面白い、『細野晴臣アーカイヴス Vol.1』という、要するに細野さんが自宅で録ったスケッチみたいな小品を集めた、2008年くらいに出た作品ですね、2002年くらいの録音ですね。クレジットにはプロデュース&ミックスby haruomi hosonoとあるだけなので、たぶんご自宅で、ご自分で録音されたものだと思います。それにしてもめっちゃくちゃ音が良いですよね。
砂原:
空間がわかりやすいものを選びました。細野さんはいつも音が良いです。ただ、悩んだな、ちょっと苦戦しているなって思う時もたまにあります。
小野島:
それはどういうときなんですか?
砂原:
低音がうまく収まりきれてないかも、みたいな。だいぶ悩んでこの場所に置いたなみたいな、っていうのがたまにわかる時がありますね。
小野島:
これは細野さんの中であんまりメジャーなアルバムでもないですけど、こういう音楽もやっているし、歌ものもやっているし、テクノみたいなのもやっているし、いろんなことをやっている人ですよね。
砂原:
でも、ちょっとこれは次元が違うなっていう感じがするんですよね。音像を聴いた感じが。
小野島:
これは録音上の技法とか工夫っていうのは、どういうものだと思いますか?
砂原:
うーん、なんでしょう。けっこうチーンという音とか自分で、マイクで録ってる音なんじゃないかなと思うんですけど、すごい自分の欲求っていうか、欲望があって、ちゃんとそれを達成できるように音楽を作っているっていうんですかね。だから、今聴いた曲とかは、旋律とか和音を聴くというよりは、雰囲気とか空間を聴く感じの音楽じゃないですか。楽器一個の音がちゃんと良い音で、自分が鳴ってほしいように鳴ってないといやっていう意識がすごく伝わってくるんですよね。

METAFIVE「Don’t Move」(『META』収録)

小野島:
続いては、砂原さんご自身の仕事の中から選んでいただきました。1曲目は一番新しい仕事ということで、METAFIVEから聴きたいと思います。今日は実はメタファイブって今のところCDしか出てないんですけど(その後アナログ盤も発売)、当然ハイレゾ・ヴァージョンっていうのもありまして、まだ出てないんですが、それを特別にお持ちいただいたので、そちらを聴かせていただきます。曲を選んでから気づいたんですけど、これまりんさんが作った曲じゃないですね。
砂原:
これは小山田(圭吾)くんが主導の曲です。
小野島:
すいません(笑)。まりんさんは演奏で参加されて、マスタリングも担当されている。
砂原:
やりました。
小野島:
METAFIVEはご存知の通り高橋幸宏さん、テイ・トウワさんを筆頭としてバンドリーダー級の大物がそろった、昔で言うところのスーパーグループっていうやつで、普通に考えると船頭多くしてなんとやらっていう例もあったりするのでどうなんだっていうのもあったりするんですけど、もちろんみなさんお聴きになった通り素晴らしいアルバムです。
砂原:
そうならないように気を付けてやりました。もう、自分たちでもちょっとそういうのがわかっていたので、そうなっちゃよくないなっていう。
小野島:
これは具体的にはどういう制作工程をたどったアルバムなんですか?
砂原:
ひとり2曲ずつ提供するようにという決まりが一応あって、それで誰かがデモを作ってメールでみんなに一斉送信するんです。そこから受け取った人、僕が送れば5人が受け取るわけですけど、その人たちが音を足したものをメールで送っていく。それを展開して聴くと。ものすごい音が多いんですよ。
小野島:
5人分が付け加えられているから。
砂原:
そう。うわ、これ全部削らなきゃだめだなって。でも、幸宏さんのは削りづらいじゃないですか、やっぱり(笑)。でもね、そういうことは抜きにしてやろうよっていう感じでした。幸宏さんのだろうが誰のだろうが、いらなかったらバンバン消すぞっていう。
小野島:
消すのはだれがやるの?
砂原:
その担当者がやりますね。
小野島:
じゃあ、担当者が最終的に全員が音を入れたマルチを聴きながら、これはいらないとか、そうやって削っていくわけですね。この曲は誰がジャッジしたんですか?
砂原:
小山田くんがジャッジしました。僕の音もちょっと削られています。
小野島:
別に最年長だから幸宏さんが最終的なジャッジを下すとかそういうふうに決まっているわけではなかったんですね。
砂原:
でも、決まらなさそうな時には幸宏さんが出てくる感じになります。幸宏さんが言うと決まるので。だから、幸宏さんはあまりものを言わないんです。
小野島:
大人ですね、すばらしい。最年少はLEO今井くんですか?
砂原:
そうですね。平社員。平社員って自分で言ってました(笑)。
小野島:
マスタリングも担当されていますが、どういう風なことを注意しながら進めていったんでしょうか。
砂原:
わりと勢いある曲ができてきたので、エッジが立っている部分はちゃんと残したいなって、あんまりまろやかにならないように、というのを気を付けてやった感じです。
小野島:
例えば、このMETAFIVEは何で聴くのが一番伝わりやすいですか?
砂原:
僕の車で聴くのが一番いいと思いますね。それに合わせてあるので。
小野島:
じゃあ、まりんさんの車に乗せてもらう会でもやりますか。
砂原:
帰りにみなさんを送っていきますか(笑)。

砂原良徳「Bluelight」(『liminal』収録)

小野島:
では、お次は砂原良徳の今のところ最新のアルバム『liminal』(2011)から「Bluelight」を。
砂原:
これが最新なんだよね。
小野島:
最新なんですよ。その件に関しても後で聞きますので、みなさんご安心を。
砂原:
何も言うことないんですよ(笑)。
小野島:
すでに5年前のアルバムになってしまったんですが、これはどういうふうに作っていったアルバムなんですか?
砂原:
これはうちにこもって、作りました。打ち込みなので当然全部ライン録音ですよね。24bit/48kHzの録音です。
小野島:
ハイレゾっていうのは、上はDSDから24bit/48kHz、24bit/44.1kHzなどスペックはすごく幅広いんですけど、そのスペックに関してはどういう風にお考えですか?
砂原:
僕はだいたい24bit/48kHzでやっています。
小野島:
素人考えだと24bit/48kHzよりは24bit/96kHzや24bit/192kHzの方がいいんじゃないかとか思ってしまいがちですが、どうなんですか?
砂原:
僕の印象ですけど、たまに24bit/96kHzの仕事が来る時があって作業するんですけど、底抜けっていうか、底なしっていうかどこまでも行けちゃう感じっていうんですかね。ちょっと上下の帯域が広すぎる感じがしちゃう。そこまでいらないなって思って、今のところ24bit/48kHzでわりと満足してやっていますね。でも、生の音のものは24bit/96kHzとかは、ずいぶん効果があると思いますよ
小野島:
クラシックとかジャズみたいな生楽器が中心の演奏だと、ビットレートが高い曲のほうが良いということですね。
砂原:
METAFIVEだとゴンちゃん(ゴンドウトモヒコ)が24bit/96kHzです。ラッパとかを吹いていますけど。
小野島:
ハイレゾの音源を見ていると、ヒップホップとかエレクトロニカ系の音楽は24bit/48kHzか24bit/44.1kHzが多くて、24bit/96kHzとか24bit/192kHzって滅多にないんですよね。
砂原:
今のところはなくてもいいんじゃないですかね。周波数的に96kHzに行くよりも32bit/48kHzとかのほうが良くなりそうな気がするんですけど。
小野島:
32bitになると、どういう違いがあるんですか?
砂原:
bitは一概にこうなりますとは言えないですけど、解像度がもうちょっと上がりますね。16bitから24bitに変わったときにはそれをすごく強く実感しました。
小野島:
ちなみに電気グルーヴ時代は、音質面にこだわりとか、工夫みたいなものはありましたか?
砂原:
電気グルーヴ時代は、石野(卓球)くんと僕で主にサウンドをやっていました。みんなが高級とか良いっていうものだけが良いものじゃない、っていう考え方もしていて、音を悪くしたい、どうやって悪くしようか、っていうことも考えたりしましたね。
小野島:
音を汚すっていうやつですね。なぜ汚す必要があるんですか?
砂原:
汚すとリアリティみたいなものが出るんですよね。『A』でピッチの不安定なピアノの音を入れた際はカセットテープに一回録ったんです。カセットに録って、また戻したんですけど、そうすることで聴いたときにピアノっていうよりは、どういうピアノ? っ意識になるわけです。ぼろぼろのピアノとか、周りに何が置いてあるみたいな。そういうのが、イマジネーションが沸くっていうんですかね。そういう目的で汚しっていうのをやるんです。例えばミリタリー系のプラモデルのジオラマで、きれいに作っても面白くないじゃないですか。戦車に泥を付けたりとかする。ああいうのに近いと思うんですよね。

サカナクション「Music(Cornelius Remix)」(『Constellations Of Music』収録)

小野島:
わかりました。なかなか興味深い。いよいよ最後の曲ということでCORNELIUSを聴きたいと思います。『Constellations Of Music』という彼の最近のいろんな仕事を集めたアルバムですが、こちらのマスタリングをまりんさんがやられています。色んなアーティストの曲が入っているんですけど、これはわたしの指定でサカナクション「MUSIC」のコーネリアス・リミックスを聴いてもらいます。リミックスって言っても、ヴォーカルとコーラスだけ残して、トラックは全部小山田くんが作っているという、実質はリテイクのような曲です。山口(一郎)くんがCORNELIUSをバックに歌っているという感じの仕上がりになっていますね。アルバムは録音年月も幅があるし、色んなタイプの曲があるわけですが、それらをアルバムにまとめるためのマスタリングを担当したと。そういうときのマスタリングはどういう作業になるんですか?
砂原:
燃える作業でしたね。バラバラでやりにくいものっていうのが最初からわかっていると、よっしゃ、どこまでよくしてやるかっていう気になるわけです。最初から聴いて、おかしな、極端におかしいなっていうものは第一段階で削ったりとか、高域をちょっと伸ばしたりして、すし職人みたいにネタをカットしてキレイにまな板の上に並べていくような作業を最初にやって、そこからが本当の闘いに入っていくんです
小野島:
闘い(笑)。
砂原:
例えばビデオの音声でじーっていうノイズが入っているんだけど、なんとかなんない? とかそういうのがあるとよしやったるっていう気になるんですね。小山田くんから最初に年代とかフォーマットがバラバラで、しかももうすでにマスタリングをされている音源も中に混じっているっていう状態で、けっこう大変だけど、と言われたんですけど、まあでもなんとかなるでしょうって始めたんですね。
小野島:
すでにマスタリングされている音源を、もう一度マスタリングするのはどうして大変なんですか?
砂原:
例えば、リミッターとかコンプレッサーとかで潰してあって、音がもう潰れていると直しようがない。あとは潰した時に音がちょっとひずんでいたりすることがあるんですけど、それはやっぱりもとには戻せないんですよね。だからもうちょっとだけ、EQとかで調整したり、あとは位相とかで左右の広さをちょっといじったりとかそういう程度になりますね。
小野島:
要するに、普通リマスタリングをするときにはマスタリングされていない音源が来て、それをアルバム全体の統一した空気感にするためにいろいろ手を加えるということ。
砂原:
はい、そういうことですよね。
小野島:
例えばこのアルバムだとどういう工夫をされました?
砂原:
工夫はね、最後の曲、10テイクくらいやり直したな。
小野島:
最後の曲はsalyu×salyuの「May You Always」。
砂原:
ちょっとハワイアンみたいな曲なんですけどね、それを今の解釈の音圧とかレンジの広さにするべきか、アナログの曖昧な感じっていうんですかね、ちょっと狭い感じ。例えば昔のラジオみたいな、ちょっとそういう方向に振るか、どっちにするかですごく悩んだんですよね。
小野島:
どっちにしたんですか?
砂原:
ちょっとアナログっぽい曖昧さにしました。
小野島:
このアルバム自体がリゾートっぽいっていうか夏休みっぽい感じのほんわかした感じのやつなんで、そっちのほうがよかったのかもしれないですね。
砂原:
あと曲が、やっぱりそういう感じがちょっとあう曲だったので。
小野島:
ちょうど小山田くんが『攻殻機動隊』のサントラをやった後に出たやつなので反動もあったのかもしれない。本人はそうじゃないって言っていたけれど。あの非常にダークな世界に比べるとこっちのほうがほんわかとしている。
砂原:
そうですね、明るい感じは確かにありますね。ちなみにこの「MUSIC」っていう曲のリミックスね、僕もうすでに2回マスタリングしているんですよね。なんでかというと、サカナクションのリミックス集(『懐かしい月は新しい月 〜Coupling & Remix works〜』2005年)も僕がマスタリングしたので。あんまりないですよ、そういうこと。
小野島:
なるほど。それはどういう作業の違いがあったんですか?
砂原:
まあ、作業自体は一緒です。ただほかに並んでいる曲に合わせていくっていう作業なので、向こうはけっこう音圧強めのトラックが多かったから、聴く側もちょっとそういう風に聴こえるようになっていると思うんです。CORNELIUSのほうがたぶんやわらかい印象でやっていると思うんですよ。
小野島:
両方持っている人がいたら聴き比べてみるとおもしろいですよ。で、サカナクションに限らず今のJ-POPというか、J-ROCKの仕事も時々されていると思いますけど、何か思うことはありますか?
砂原:
音質的なことを言うと、バランスが悪い。低域だけがものすごく出ていて高域が全然ないとか。またはその逆。そんなにないですけれど。低音が出過ぎというのは多いですよね。
小野島:
それはけっこう今の若い人の聴取環境、リスニング環境に応じてそういう音にしているとかっていうことではなくて?
砂原:
違うと思いますね。あとやっぱり聴くときに、パソコンの小さいスピーカーだけでチェックしているとか、ヘッドホンだけでチェックしているとか、そういうのもあるんじゃないですか。
小野島:
ああ、なるほどねえ。さて、まりんさんの個人活動についても聞いていきたいんですけど、今はどういう状況にあるんですか?
砂原:
今は何もやっていないですよ。何もやってないというか、作りかけのプラモデルの箱がだーって積んであるわけですよね。ザクの足だけきれいにできているとか、顔だけできているとか、そういのがだーって積みあがっている状態で、そういうデモはいっぱいあります。
小野島:
それをまとめて合体させてひとつの形にするのは。
砂原:
それが大変なんですよ。
小野島:
大変なんだろうけど、最新作の『liminal』も5年も前だし(笑)。
砂原:
時間があけばやりますよ。今はMETAFIVEやっているじゃないですか、たぶんしばらくはそっちをやると思うので、そっちが一段落して時間があけば自分のをやろうかな。

小野島 大(音楽評論家)

音楽評論家。9年間のサラリーマン生活、音楽ミニコミ編集を経てフリーに。『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『ROCKIN' ON』『ROCKIN' ON JAPAN』『MUSICA』『REALSOUND』『週刊SPA!』『ナタリー』『CDジャーナル』などのほか、新聞雑誌、各WEB媒体などに執筆。著書に『NEWSWAVEと、その時代』(エイベックス)『音楽配信はどこへ向かう?』(インプレス)など、編著に『フィッシュマンズ全書』(小学館)『Disc Guide Series UK New Wave』(シンコーミュージック)など多数。オーディオに関する著述も多い。

https://www.facebook.com/dai.onojima
https://twitter.com/dai_onojima

砂原良徳

1969年9月13日生まれ。北海道出身。電気グルーヴに91年に加入し、99年に脱退。電気グルーヴの活動と平行して行っていたソロ活動では、95年にアルバム『Crossover』、98年にはアルバム『TAKE OFF AND LANDING』、『THE SOUND OF ‘70s』を2作で連続リリースした。01年に脱退後初となるアルバム『LOVEBEAT』をリリース。11年4月には10年ぶりのオリジナル・アルバム『liminal』をリリース。15年には高橋幸宏、TOWA TEI、小山田圭吾、ゴンドウトモヒコ、LEO今井と共にMETAFIVEを結成。16年1月にアルバム『META』、8月には初のライヴ映像作品『METALIVE』をリリースした。

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